A jewel in a dunghill

雑念の地下シェルター

シュタインズゲートで思い出したこと

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タイムマシン、パラレルワールドタイムパラドックス、どうして時間をテーマにした作品はこうも面白いのだろうか。

 

昔からタイムスリップをテーマにした作品は好きだった、元の時間軸に戻ることは出来るのか?そのハラハラが何より少年だった僕の心を動かした。

 

シュタインズゲートを観たのは大学生の時だった、原作も知らなく何気なく録画していたものを観始めたら止まらなくなり、一気に23話まで消化し最終話はリアルタイムで観たのを覚えている。

シュタゲで感じたことは時の無常さだ、どれだけ未来を変えようとしてもどんな形であれ結果は収束する。

岡部がまゆりを何度も失ったように未来は簡単に変えられないということをシュタゲでは何度も目の当たりにした。

もしあの時ああしていれば、今の自分はどうなるのだろうか…

誰しも一度はそのようなことを考えるだろう、友人の何気ない会話や進学・就職と生まれてからの20年足らずで人はその後の世界を作っていく。

 

転職も出来るし、学びたければ何歳でも学校には行ける、だがその一歩を踏み出せる人は多くない。未来は不確かで不安だから不満でもおおよそ見える未来を選んでしまう。

 

シュタゲでは確定した過去を変えずに結果を変えることで望んだ世界線に到達した。未来の岡部が最初のお前を騙せと言ったように、見せかけは変えずに結果だけを変えた。

 

あの時もっと勉強してれば、あの時行動を起こしていれば自分の世界は変わったのかもしれない。今とは別の仕事につき、別の人と知り合っていただろう。

だけどそれは環境に過ぎなく、人というものは簡単に変わることはできない。どんな結果でも最終的には似たようなところに行き着くのかもしれない。

 

現状に全て満足している人などいるのだろうか、少なくとも僕は満足していない。だからこそ時間をテーマにした作品を観るたびに惹かれてしまう。

 

年齢を重ねると自分を変えることの難しさを嫌という程思い知らされる。だから過去に戻って自分を変えずに手段だけを変えたいと思ってしまう。

タイムスリップが最たる例だ、人は自身を変える気なんて一切なく結果を変えるためにやり方を変えたいのだ。

 

だから結果は収束してしまうのかも知れない、うまく切り抜けれてもいつかはきっと似た壁にぶつかってしまうのだろう。

人は簡単に変われないから。